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最高裁判所第一小法廷 昭和44年(オ)486号 判決 1972年7月06日

主文

原判決中、上告人中江潤、同中江郁、同中江慶、同中江祐、同中江素子、同勝山晶子および同日本基督教団桂教会に対する各所有権移転本登記手続請求に関する部分、上告人神戸産業株式会社に対する各所有権移転本登記手続承諾請求に関する部分をいずれも破棄し、右破棄部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

上告人坪井嘉蔵および同渡辺直明の各上告を棄却する。

前項に関する上告費用は、上告人坪井嘉蔵および同渡辺直明の負担とする。

理由

上告代理人中山秀夫の上告理由および上告代理人酒見哲郎の上告理由について。

原判決(その引用する第一審判決および第一審判決が援用する登記簿の記載を含む。)の確定する事実関係によれば、被上告人は、(1) 昭和三一年一〇月三日、第一審被告亡中江正治〔上告人中江潤、同中江郁、同中江慶、同中江祐、同中江素子(以下「上告人中江潤ほか四名」という。)はその訴訟承継人〕に対し、弁済期同三二年一月末日の約で六六万円を貸与したが、その後、右債権を担保するため、上告人勝山との間に同上告人所有の原判示第一物件(宅地六六坪)につき売買予約を締結するとともに、これを原因とする同三二年二月一八日受付の所有権移転請求権保全の仮登記を経由してその名義人となり、(2) 同三三年一二月一八日、中江正治に対し弁済期同三四年三月三一日の約で一六〇万円を貸与し、その際、右債権を担保するため、同人との間に同人所有の原判示第二物件(宅地六五坪)につき売買予約を締結するとともに、これを原因とする同三三年一二月一九日受付の所有権移転請求権保全の仮登記を経由してその名義人となり、(3) 同三四年一一月二四日、上告人日本基督教団桂教会(以下「上告人教会」という。)に対し、弁済期一年後の約で二二二万円を貸与し、その際、右債権を担保するため、上告人教会との間に同上告人所有の第三物件(宅地七八坪)につき売買予約を締結するとともに、これを原因とする同月二七日受付の所有権移転請求権保全の仮登記を経由してその名義人となつた。他方、被上告人が第一ないし第三物件につきそれぞれ前記のように所有権移転請求権保全の仮登記を経由したのち、第一審判決添附第二目録記載のように、いずれも登記簿の表示上、(4) 上告人坪井嘉蔵は、右各物件につき前示の各所有者からそれぞれ代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を受けたが、その後、上告人神戸産業株式会社(以下「上告人神戸産業」という。)に対して右仮登記につき附記による権利移転の登記をし、また、(5) 上告人渡辺直明は、右各物件につき前示の各所有者から根抵当権設定登記と賃借権設定請求権保全の仮登記を受けたが、その後、右根抵当権設定登記のみについては上告人神戸産業に対し附記による権利移転の登記をした。(6) 上告人神戸産業は、右のように、第一ないし第三物件につき、それぞれ上告人坪井および同渡辺から所有権移転請求権保全の仮登記および根抵当権設定登記につき権利移転の登記を受けてその登記名義人となつたほか、これと同じ日付で右各物件につき、それぞれその所有者である上告人勝山、第一審被告亡中江正治、上告人教会から代物弁済を原因とする所有権移転登記を受け現にその登記名義人である、というのである。

ところで、右のように、所有権に関する仮登記の原因たる契約が消費貸借契約上の債権を担保するために締結された場合においては、その契約が売買予約または代物弁済予約ないし停止条件付代物弁済契約の形式をとつているときでも、その契約上の権利の実質は、単にその形式をかりて目的不動産から債権の優先弁済を受けることを目的とするものであつて、かかる契約は、弁済期に債務が弁済されないため、債権者が予約完結権を行使しまたは停止条件の成就を主張して目的不動産の所有権を移転せしめる方式により自己の債権の優先弁済をはかるに当たつて、目的不動産を他に処分しまたは適正に評価してこれにより具体化する右不動産の価額から、優先弁済を受けるべき自己の債権額を差し引き、その残額に相当する金銭をいわば清算金として債務者その他の物件所有者(以下「物件所有者」という。)に支払うべきことをその内容とするものと解すべきこと、右の債権者が仮登記に基づく本登記を経由することが許されるのも、右のような所有権移転の方式による担保権実現の手段として、目的不動産の所有名義を取得するものにほかならないから、かかる債権者が、登記上利害関係を有する第三者に対して本登記をするについての承諾を求める場合にも、これら利害関係人の有する地位に応じて、その間で清算をなすべき義務を負担するのであり、その利害関係人が目的不動産に対する後順位の抵当権者、債権担保を目的とする代物弁済予約上の債権者である等目的物件の交換価値からその有する債権について優先弁済を受ける地位を債務者から取得した者(以下「後順位債権者」という)であるときは、清算金はその債権額および優先順位に応じてそれらの者にその一部または全部が交付されるべく、また、その利害関係人が債務者から目的不動産を譲り受けた者(以下「第三取得者」という。)であるときは、右第三取得者は、ひつきよう、目的不動産の価値のうち債権者の債権額を超過する部分、すなわち、実質上債務者のもとに留保されていた価値を債務者から取得するものにほかならないから、留保価値に相当する清算金は、同人に交付されるべきものであること、そして、右のような登記上の利害関係人が債権者から不動産登記法一〇五条に基づいて本登記手続についての承諾を求められたときは、右利害関係人は、みずから清算金の支払を受けるべき地位にあり、その支払と引換えにのみ承諾義務の履行をなすべきことを主張しうるものと解すべきこと、また、右の債権者が物件所有者に対して本登記手続を請求する場合において、前示のような後順位債権者に支払われるべき清算金を差し引いてなお残額があり、物件所有者において右清算金残額の支払と引換えにのみその履行をなすべき旨を主張したときは、債権者が第三者への換価処分による売却代金を取得したのちにのみ清算金を支払えば足りると認められる客観的合理的理由がある場合を除き、債権者はその引換えの要求に応じなければならないものと解すべきことは、いずれも当裁判所の判例とするところである(昭和四二年(オ)第五五七号同四五年三月二六日第一小法廷判決、民集二四巻三号二〇九頁、同四二年(オ)第一二〇〇号同年七月一六日第一小法廷判決、民集二四巻七号一〇三一頁、同四四年(オ)第一七五号同四五年八月二〇日第一小法廷判決、民集二四巻九号一三二〇頁、同四三年(オ)第三七一号同四五年九月二四日民集二四巻一〇号一四五〇頁参照)。

よつて、まず、上告人坪井および同渡辺に対する請求について考えるのに、上告人坪井において有していた仮登記は代物弁済予約を原因とするものとして表示されていることは前示のとおりであり、その実体上の契約の実質が同上告人の債務者らに対する債権の担保を目的とするものであつたならば、同上告人は、債務者らに対して優先弁済を受ける地位を有する者であり、被上告人に対する関係では前示の後順位債権者に当たる者と解すべきであるが、同上告人および後順位根抵当権者である上告人渡辺は、いずれもすでに神戸産業に対してその有する右登記について移転登記をし、すでに登記名義人ではないから、特段の事情のないかぎり、その登記の原因たる実質上の権利をも有しないものと解すべく、前示の法理によつても、登記上の利害関係人として実体上の権利に基づき被上告人に対して清算金の支払を受けるべき地位にあることを主張することはできないものといわなければならない。もつとも、上告人渡辺は、なお、賃借権設定請求権保全の仮登記については、その登記名義人としての地位にあるところ、かかる仮登記が、抵当権設定登記等担保を目的とする登記に併用してなされているかぎり、同一債権の担保の目的を有する登記として一体に取り扱われるべきであるが(前掲昭和四五年九月二四日第一小法廷判決参照)、すでに同上告人の有していた根抵当権設定登記と分離された以上、担保目的の実質を失つたものというべきであるから、もはや右仮登記が抹消される結果を生ずる承諾義務の履行を拒むことはできないものと解すべきである。してみれば、上告人坪井、同渡辺に対する請求につき原判決が論旨指摘の法理によらなかつたからといつて、所論の違法は認められない。なお、上告代理人酒見哲郎の論旨は、原判決が被上告人に本件各物件の所有権が帰属したことを認定しないで同上告人らに承諾義務のあることを認めたのは、理由不備の違法をおかしたものであるというが、債権担保の目的不動産につき売買予約を締結した債権者は、弁済期に債務が弁済されないとき、その有する実質上の担保権の実行として予約完結権を行使するが、清算義務を負担するかぎり、直ちに目的物件の所有権が確定的に債権者に帰属するものではないと解すべきであるから、所有権の帰属を確定しないまま、後順位利害関係人に対し承諾義務を認めたからといつて、理由不備の違法があるとは解しえない。したがつて、同上告人らに関しては、論旨は採用することができない。

すすんで、その余の上告人らに対する請求について考えるに、まず上告人神戸産業が、第一ないし第三物件につき、登記簿上第三取得者として上告人勝山、中江正治および上告人教会から所有権移転登記を受けると同時に、上告人坪井および同渡辺から所有権移転請求権保全の仮登記および根抵当権設定登記上の権利につき附記による移転登記を受けて、右各登記の登記名義人になつている点については、その有する実体上の権利関係についてなお究明することを要するが、いずれにしても、さきに説示したところにより、同上告人は、右各物件につき第三取得者もしくは後順位債権者のいずれかに当たるものとみる余地があるのであるから、被上告人が、その担保目的の実現として、第一ないし第三物件について本登記手続をするための承諾を求めるに際しては、同上告人に対して前示の清算金を支払うべき義務を負い、同上告人は右清算金の支払を受くべき地位にあり、その支払いと引換えにのみ承諾義務の履行をなすべき旨を主張しうるものと認められる余地は十分にあるのである。つぎに、上告人勝山は第一物件につき、同中江潤ほか四名は第二物件につき、同教会は第三物件につき、それぞれ上告人神戸産業に対して所有権移転登記をおえた者であるから、実体上もすでに各物件についてその所有権を失つたものとみる余地があるけれども、上告人神戸産業の有する実体上の権利関係については、なお究明を要すること前示のとおりであつて、もしその所有権取得登記が実質上債権の担保を目的とするものであり、したがつて、上告人神戸産業が前示の後順位債権者にすぎないことが明らかとなるにおいては、登記上同上告人の前主となつている上告人勝山らは、なお所有権を失つていないことになるのであるから、同上告人らは、上告人神戸産業において清算金からその有する債権額に相当する金員の交付を受けたのち、なお残額があれば、これにつき被上告人に対しその交付を請求する権利を有するものといわなければならない。

しかして、本件貸金についてはいまだ清算が行なわれていないことを理由として、上告人らには本登記手続をする義務ないし本登記手続をするについての承諾義務がない旨の原審における上告人らの主張は、適切な釈明いかんによつては、これを上告人らにおいて清算金の支払と引換えにのみ右の義務を履行すべき旨の主張と解する余地が十分にあるのである。

しかるに、原審は、この点についての審理を尽くすことなく、直ちに右上告人らに対する本訴請求を認容しているのであつて、原判決は、右に説示した趣旨において法令の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽の違法をおかしたものといわなければならない。

右の次第で、上告人坪井嘉蔵、同渡辺直明の各上告はいずれも理由がなく棄却すべきであるが、原判決中被上告人の上告人中江潤ほか四名、同勝山、同教会および同神戸産業に対する各請求を容認した部分は、その余の論旨に対する判断をまつまでもなく、いずれも破棄を免れない。そして、右破棄部分については、なお前記の諸点につき審理を尽くす必要があるので、本件を原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条、三八六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官の全員一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩田 誠 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸 盛一)

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